多くの日本人の明暗を分けた2020年3月

コロナ騒ぎが始まったのがちょうど1年前の今頃ですが、私を含め当時は多くの人が中国で伝染病が流行っていいるらしいと、まだどこか対岸の火事だと思っていたところがありました。

それがヨーロッパで感染が広がり始め、タイ政府もBTSや人の集まる場所でのマスク着用を宣伝するようになり、次第にコロナに対する認識が変わっていったのが2月です。

それでも当時は、まだ私はそれほど大きな危機感を持っておらず、2月中旬に一時帰国していました。いつも2か月に1度、2週間ほど実家に顔を見せに帰るのが私のルーティーンだったのですが、この時も月末まで日本に居て、3月初めにバンコクに戻ることでフライトを予約していたのです。

それが出発の数日前になって突然欠航となり、すぐに別の便を予約したところ、これもまた直前に欠航となったのです。そこでこれはまずいぞと、次に飛びそうな便を探して予約をしたところ、3度目の正直でやっと3月6日、関空からバンコクに飛んでくれてホッとしたのですが、その時は既に20人ほどしか乗客がおらず、赤字なのによく飛んでくれたものだとありがたく思ったものです。

この頃には日本でもコロナに対する警戒心が広がっていて、昼間だというのに関西空港はガラガラでほとんど人がおらず、バンコクについてもやはり空港はガラガラで、事態が急速に悪化してきているのがわかりました。

上の写真は、昨年3月16日のバンコクポストに載ったものですが、政府がいよいよロックダウンを始めるという噂で、多くの人が食料品の買いだめにスーパーに押し寄せた際に撮られたものです。当時、私も近所のロータスに買い物に行ったら、トイレットペーパーやインスタントラーメンが棚からなくなっていたのを覚えています。ただ、当時日本ではマスク争奪戦が繰り広げられていましたが、なぜかバンコクではマスクはありました。

そしていよいよ、3月22日にバンコク都がロックダウン命令を出し、同月26日にはタイ政府が国家非常事態宣言を発令し、これ以後、外国人の入国はシャットアウトになったのです。

そこで今になって思うのは、タイに住む多くの日本人にとって、昨年の3月はその後の1年間の明暗を大きく分けた分岐点だったということです。

私と同じ不動産投資家のI氏は、奇数月は日本で偶数月はバンコクでと、1年の内半年をバンコクで過ごす生活をかれこれ10年近く続けてきたのですが、運悪く私と逆で3月は日本に帰国していて、そのまま戻って来られなくなりました。

I氏は日本だけでなくバンコクでも1億円以上の資金を使って数ユニットの高級コンドミニアムを保有していることもあって、不動産投資の本を書いた私とはウマが合い、よく飲んだり不動産の話をしていたのです。

しかし、さすがに不動産市況や保有物件のことも気にかかるし、いつまでたってもバンコクに来られないことにやきもきしていて、つい先日、エリートカードを買ったそうです。

これで久しぶりにバンコクに来られるというので、またゴルフをしましょうと話していたのですが、今回の感染爆発でまた状況が変わってしまい、タイ大使館が発行する入国許可証の取得などで結構苦労しているようです。

また、同じ不動産投資家のF氏も首都圏で何棟ものアパートを持っていて、私が推薦したエッカマイのコンドミニアムをバンコクでの自宅として買ってくれたのですが、昨年2月に来て以来、やはりもう1年もバンコクに来ていません。

ゴルフは80台で回るうまさで、ヘタクソな私などとやっても面白くないのでしょうが、いつもゴルフに誘ってくれる仲です。名門アルパインの会員でもあるのにもう1年もプレイしてないこともあり、日本でワクチン接種がすめば、隔離検疫を受けてでもゴルフをしにくるといっています。

またゴルフ仲間のO氏は駐在員ですが、やむを得ない事情で3月18日に日本に出張したのですが、26日の非常事態宣言の前に戻ってくることができず、結局、その後、半年間戻って来られなくなりました。

パニック2

さらに、時々私も参加していた毎週水曜日のロングステイクラブの飲み会も、コロナの前は多いときは20人以上が集まっていたのですが、最近は4、5人しか集まりません。多くの人がロックダウンが始まった際に、ここは一旦日本に帰って様子を見ようというつもりで帰国したら、そのまま戻れなくなくなったようです。

当時は、3か月もしたらコロナ騒ぎも収まるだろうと軽く考えて帰国したのが命取りになりました。そしてあれから1年近くが経ち、寒い日本で待つのはもう我慢の限界なのかもしれません。隔離検疫を受けてもバンコクに戻ってこようという人が周りで増えてきています。

ちなみに、残念ながらLCCはまだ飛んでないようで、PCL検査も安いところは予約待ちでなかなか取れず、普通に英文の証明書を取れば4万円ほど取られるそうです。また、ASQの安いホテルも満室状態のようで、コロナ保険も含めるとなんだかんだで今も40万円ほどかかるそうですが…。

一方で、運よく3月にバンコクに残っていた人たちでも、駐在員等の給料のある人たちは別ですが、そうでない人は予想外にバンコクで長期滞在が続いた結果、手持ちの現金がなくなって生活に困っている人もいます。こうなると、いつまたバンコクに戻ってこられるかわからない中、帰りたくもないのに一旦日本に帰国するしかないようです。

そういう意味では、私は何とかギリギリで戻ってこられたので運がよかったと思っています。もしあの時に戻ってこられてなければ、今頃はまだ日本に居たかもしれず、もともと外国生活が好きなのでタイに住んでいるのに、退屈な日本の生活にうんざりしていたろうと思うのです。

また、多分このブログも中止してしまっていたように思います。タイに居ないのに不動産市場やタイの政治や経済、生活のことを書いてもそれは嘘になるからです。

タイ国内は最近やっと第2波も収束の途上にあるようですが、コロナ騒ぎの始まりからかれこれ1年が経ち、こうやって振り返ってみると、2020年の3月というのは、私もそうですが多くの日本人にとって、その後の生活の明暗を分けることになった忘れられない月になるのだろうと思います。

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